Bahr: 待望のプレリリースでのボックス販売

12日 9月 2018年 | 3 分(読むのにかかる時間)

By Michael Bahr, managing partner of Desert Sky Games

私たち「デザート・スカイ・ゲームズ/Desert Sky Games」では、開店から7年目にして過去最高の純利益を上げることができました。『ドミナリア』『基本セット2019』は、どのマジックのセットより大きな利益をもたらしてくれたのです。これは私の店だけの話ではありません。決して立地が良いとは言えない小規模の店でさえ、新規プレイヤーが商品を求め、ゲームを楽しんでいるのです。

この成功の要因のひとつは、プレリリースでのブースターボックス先行リリース・キャンペーンです。私は『ラヴニカのギルド』でも3打席連続となるホームランが打ち上がると期待しています。もし貴店がまだこのキャンペーンを活かせていないなら、この大きなチャンスを逃すなんてもったいないことです。

ぜひこのキャンペーンにしっかり目を向け、本日ご紹介する3つのプランを試してみてください。

先行リリース・キャンペーンが大きな成功を収めているのには、2つの理由があります――「早さ」と「特別さ」です。

早さ:WPN店舗は、プレリリースが行われる週末にブースターボックスを販売できます。つまり公式発売日より1週間早くお客さまにお渡しできるのです。

最新のホットな製品を「とにかく早く欲しい」というプレイヤーはかなり多くいます。しかし『アラーラの断片』以降のプレリリースでは、そういったプレイヤーの期待に応えることができていませんでした。お客さまの購入意欲が高まっているときにそれを削ぐのは、店舗にとって決して良い戦略とは言えません。しかしついに、「鉄を熱いうちに打つ」ことができるようになり、セールス・チャンスをしっかり掴めるようになったのです。

特別さ:ボックス購入特典プロモカードは、WPN店舗限定の1枚です。

『ゼンディカー』のデザイン記事でマーク・ローズウォーター/Mark Rosewaterが言っていたように、プレイヤーは土地をプレイするといった「もともとやりたいこと」が報われるのを好みます。それはこのキャンペーンにも言えることです。

ボックス購入特典がブースターパックから手に入らないということは誰もが知っているかと思いますが、それだけではありません。プロモカードは、WPN店舗以外の店でも手に入りません。ボックス購入特典プロモを手に入れるには、WPN店舗でボックスを購入するか持っている人とトレードするしか方法がないのです。

つまり独立した小型専門店ではプロモを活かせません。これまで私たちは、ボードゲームやビデオゲーム、ミニチュアゲームといった分野で、「限定」がビジネスチャンスを潰すのを見てきました。ですが今、TCGの分野ではその「限定」が私たちを助けてくれます。

以下に先行リリース・キャンペーンを行う上で知っておくべき3つのことをご紹介します。

1.先行リリース分のボックスを仕入れる

リスクは少なく、さらに軽減するのも簡単です。

《ファイアソングとサンスピーカー》や《運命のきずな》が成功を収めた今、プレイヤーたちの先行リリースへの関心はさらに高まると私は予想しています。なのでこれまであまりうまくいかなかった店舗も、『ラヴニカのギルド』ではきっと成功するでしょう。

さらに言うなら、仕入れたボックスはどこにも行きません。プレリリース中に売り切れなくても、6日後には公式発売日を迎えるのです。発売週末に改めて販売しましょう。

2.ボックスの到着が1週間早くなるため、プレリリースのコストが増える

貴店のプレリリース製品の割り当てにもよりますが、恐らく高額の請求が来るでしょう。これを管理するにはいくつかの方法があります。

多くの問屋は、貴店が与信取引申請書を提出してそれが承認を受けると支払い条件を提示します。分割払いを望む場合は、条件をしっかり確認してください。一括払いしかできない場合は、プレリリースの事前登録を行って早めに資金を集めておくと良いでしょう。

3.先行リリース分のボックスには必ずプロモカードを付けることと、ボックスは必ず店内でお渡しすることを忘れないでください。つまり、先行リリース分のボックスが売り切れるまでは、従来のブースターボックスの先行予約はできないということです。

なのでプレリリースが終了するまでは、先行リリース分のボックス予約だけ受けつけるのをおすすめします。プレリリースが終わったら、ブースターボックスやBundle、プレインズウォーカーデッキなどすべての商品の予約を始めましょう。

(マイケル・バール/Michael Bahrは、アリゾナ州チャンドラーに店舗を構える「デザート・スカイ・ゲームズ」の執行役員です。  アリゾナ州立大学で法律の学位を取得した彼は、行政の健康管理職として7年勤めたのちに現在の職に就き、またレベル3ジャッジとしても4年間にわたり精力的に活動していました。)